2011年08月15日

終戦記念日にゲルニカを見て思ったことを思い出す。

今日は終戦記念日。

日本の終戦記念日は大抵”二度と戦争をしない”事を誓う日になっている。
”二度と戦争をしたくない”ならまだ理解できる。
しかし”二度と戦争しない”には個人的に理解できない。
戦争とは国と国の外交の一種。
力を持つ国が弱い国を策略で貶める時に戦争を起こすことだってある。
そう、一方的に戦争をしかけられる可能性だってあるのだ。

しかし、困った事に日本で”二度と戦争をしない”と言っている方達は日本に戦争が起きやすくなるような事を言っている。
やれ基地反対だの自衛隊はいらないだの。
日本の防衛力が下がれば、周辺の国が領土に対して食指を動かす事がある。
その自覚はあるのだろうか?

いま、何かと韓国の話題が出ているが竹島の事が良い例だ。
敗戦直後、日本は軍事力を放棄させられていた。
防衛力も無かったのだ。
その時に竹島が占領されてしまった。
1952年の話しである。

その様な事実を伏せて一方的な”二度と戦争をしません”宣言は如何な物かと思う。
我々日本人もこれからを生きて行かなければいけないのだ。
日本の戦後教育にはそう言った視点が大いにかけていると俺は思う。

同じ反戦を説いている物で自分が関心を示した物がある。
それは新婚旅行でスペインに行った時に見る事ができた”ゲルニカ”
言わずと知れた、巨匠ピカソが描いた戦争の痛ましさを表した大作である。
大きさもさる事ながら、悲しみや憤りのような情念見たいな物を感じた。
折れた剣を持った倒れた兵士。
荒れ狂う馬。
亡くなったであろう、子供を抱いて泣き叫ぶ母親。
痛いぐらいに伝わってくる感情にビビったのを覚えている。
戦地や今の日本だったら被災地など見れば同じような悲痛を感じるのであろう。
しかし、ゲルニカを見た時は圧倒的な感情にマジでビビった。
その時に学芸員さんがゲルニカの説明をしてくれたのだが非常に心に残ったのが、この凄惨な悲しみの中に静かにたたずんでいる雄牛。
「この雄牛は混乱や悲劇等の混乱を乗り越えて行くスペインの意思を表している」
ただの反戦を訴えるだけではなく、静かで力強い”未来”に希望もあった。
スペインと言う国は悲しみも苦しみも乗り越えて行くと言う意思。
ここに日本の反戦運動との大きな違いを感じた。

日本の反戦運動を見る限り、まるで日本人に生まれたこと自体が罪の様な過激な反省を促される事に正直、うんざりしている。
確かに、戦争は嫌だ。
しかし、戦争を忌み嫌い、全否定をする事によって生じる”隙”こそが戦争を起こす引き金になるのではないか?
また、その隙こそが日本をバラバラにしている要因ではないだろうか?

戦後66年に思った事をつらつらと書いて見た。
それでは、また。

おまけ

スペインに新婚旅行に行ったときに取ったゲルニカのデッサンの一つをソフィア美術館で見ていた時の写真。





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Posted by しんじ  at 13:02 │Comments(0)日記

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